体験談&コラム

うつが消えた!(2011)

心の変調

今から5年以上前になる平成17年8月、夏の日の夕方、愛犬と散歩をしているときのことでした。私は、そのとき仕事で山野草をテーマにした全国サミットを10月に開催するため、担当者として準備を進めていました。犬と道路を歩いているとき、急に体から気力が抜けていく感じがして、「あれ、自分は全国サミットの担当者として無事に乗り切れるのだろうか。」と、ふと思いました。今振り返ってみると、これが私の「うつ」の合図だったと思います。

「うつ」の発症

そして、平成18年4月のある朝のことです。普段は子どもの高校への通学の送迎のため、朝5時30分には起きていたのですが、その日は4時前に目が覚め、それと同時に仕事のことが頭の中にドーと次から次へと入ってくる状態におそわれました。それ以来毎朝同じような状態が続きました。 これでは病院に行かなければならないと思い、私のいとこの奥さんが看護師をしており、精神科にも関係があったので、山形市内の医院の精神科を紹介していただき、そこに行くことにしました。

私という人間

私は、現在51歳。町の役場に勤めております。 役場には、高校を卒業してすぐに入りました。高校が進学校だったので、クラスでもほとんどが大学への進学希望で、就職希望は2人しかいませんでした。家の都合と私の学力の問題もあったのですが、私は高校を卒業したら就職することにしました。 しかし、大学に行かないことが、私にとっては非常に屈辱的に感じ、これで私の一生が決まるのかと思うと、悔しさが心の中に残りました。

役場に入ってからの頑張り

そんな思いもあり、役場に入ってからは、自分は町の中で絶対えらくなってやるとう気持ちが強く、また「自分はこうあらねばならない。」という想いを無理やり自分の中に押し込め、仕事はもちろんのこと、仕事以外にも青年団を始め、地域の活動はとにかく何でもやり、頑張り続けました。 私の仕事に対する姿勢としては、上司から指示された仕事は、寝ないで徹夜すればできるだろうと思うものはすべてやるといった感じでした。 その結果だと思うのですが、仕事では県に出向させてもらったし、役職的にもいいポジションにつくことができ、順調に進みました。 ほかにも、町の青年団長、PTA会長、職場の職員組合の執行委員長など団体の会長にも数多くなることができました。 そんなときに「うつ」になりました。 今までのやる気満々な状態から一気に朝起きるのがつらく、意欲が出ない状態になってしまったのです。

精神科に行く

精神科に最初に行ったとき、先生から「うつ病です。」と宣告されました。 「私のうつ病は治りますか。」と直ぐに先生に聞きました。 「治りますよ。」と答えました。 ただ、仕事は今までの6割くらいにしないとだめだと言われ、薬を処方されました。 それで「診療」は終わりでした。 私は、うつ病で仕事は今までのようにあまり頑張らず、6割ぐらいにしなければならないといとも簡単に言われたことが、どうしてもう受け入れることができませんでした。早く治って今までのようにガンガン頑張りたいとう想いでいっぱいでした。 うつ病に関する本は何冊も読みました。本屋に行って、「うつ」という字を目にすると知らない間に手に取っているという始末でした。 うつ病になりやすい人とは、真面目で几帳面、責任感が強く、完璧主義、律儀で誠実である。 どの本にも同じようなことが書いてありました。 なぜ几帳面なことがわるいのか、責任感が強いのは素晴らしいことではないか。 うつ病になりやすいタイプと言われることは、私にとってどうしても納得のいかないことでした。

精神科での治療

精神科には毎月通い続けました。 しかし、なかなか改善されず何度も何度も薬の種類を変えられました。 薬を変えても一向に良くはならず、月に1日から2日は仕事を休まなければならない状態がずっと続きました。 そして、発症して4年目になる平成21年度には、しっかり休んで完全に治すことが必要であるということで、病気休暇を最初1ヶ月取りました。 休んでいる間はうつ状態は無くなりました。 しかし、職場に復帰してしばらくすると、またうつ状態に戻り、3ヶ月後に再度の1ヶ月の病気休暇。昨年度はついに、3ヶ月の病気休暇を2度取る結果になってしまいました。

カウンセリング

2度目の3ヶ月の病気休暇は、今年の2月から4月まで休むことにしました。 その頃は自分でもどうしたらいいのか分からなくなっていました。何度休んでもまた悪くなる。 その繰り返し。 精神科の先生にも不信感が募る一方で、医者を変えた方がいいのではないかと、悩んでいました。 そんな中、病気休暇で休んでいる2月7日にNHK番組のクローズアップ現代で「うつを“心”から治す認知行動療法」という放送がありました。 内容はうつ病にかかっている人特有の考え方の癖を変えていくというものです。 しかし、そのときは、自分もカウンセリングを受けた方がいいのかな、といった程度しか思いませんでした。

山田記子先生

2月23日の山形新聞の夕刊に山田先生の提言が掲載されていました。 そのとき初めて山田先生を知りました。 山田先生は「心の病への理解が深まるとともに、病気の名を借りた回避型の症状が増えていることも否めない」「むしろ、そういうときこそ、自分自身を振り返り、自身に何が起きているのかを受け止め、生き方や考え方の癖、パターンを見直す良い機会ではないだろうか?」といったことについて述べられていました。 そのとき初めてカウンセリングの必要性を感じ、山田先生の話を聞いてみたいと強く思いました。 しかし、米沢市で私の家からは遠い。 それに私なんかが簡単に会っていただけないだろうなと思い、あきらめていました。 しかしなんとかカウンセリングを受けられないだろうかと思い、私は、ダメモトで山田先生の「ル・クール」に電話をしました。 断られるだろうなと思っていたのですが、「大丈夫ですよ。」との答えをいただきました。 何か心の中に少し明るい日差しがさしてきた思いがしました。

初めてのカウンセリング

第1回目は、4月22日でした。予約していた時間の1時間前にカウンセリングルームのあるビルに着き、ロビーで待ちました。緊張してドアをノックしました。山田先生は私が思っていたより(こんなことを言うと先生に失礼ですが。カウンセリングの先生は“おばちゃん”という先入観があったものですから。)「若くてきれいな方だな。」というのが第1印象でした。 私の「うつ」の経過、状態、精神科への通院などについて話をしたら、先生は私の性格、考え方、仕事のやり方などビシビシ話され、なぜ初対面の私のことを直ぐに分かるのかと思うくらいの的確さにビックリしました。 先生にお決まりの「私のうつ病は治るでしょうか。」と質問をしたところ、「治りますよ。」とあっさりと言われました。そして、「私の受けるカウンセリングは何なのですか。」と聞いたところ「認知行動療法です。」との答えで、クローズアップ現代でやっていた療法だと思い心の中で「ヨシ!良かった。」と思いました。

腹を決める

また、私は今まで5年間も「うつ」が続いており、精神科の先生からも2年間はリハビリ期間だと思わなければいけないと言われていました。そんなこともあり、カウンセリングもそう簡単にはいかず、2年間は通わなければならないだろと思っていました。先生に「期間はどのくらいかかるのですか。」と聞いたところ、先生は「どのくらいかかると思っていますか。」と逆に聞かれたので、希望を込めて「1年くらいですか。」と答えたら、先生は笑って期間についてはおっしゃりませんでした。 カウンセリングは毎週1回、基本的に土曜日に来ることにしていただきました。私の家から米沢市まで高速道路を使っても1時間30分はかかるし、冬は大変だなと思いましたが、山田先生にかけると腹を決めて、2年間は米沢市に毎週通うと決心しました。

ストレス30個

初回のカウンセリングのとき、次回までに「現在ストレスと感じていること」「こうあらなければならないと思っていること」を書いてくるように先生から言われました。家でストレスと感じていることを書き出していったら、次から次へと出てきて、書き終わったものを数えたらちょうど30個ありました。 現代は、ストレス社会といわれ、誰でも多くのストレスを抱えていると思います。私のストレス30個は多いのか、少ないのか分かりませんが、正直こんなにストレスがあるのでは、「うつ」が治らないのは当然だなと思いました。

ストレス対応

3回目頃からストレスを感じたときの対応について、訓練といいますか取組みを行いました。私がストレスと感じている状況をまず書き、そのときの気分をパーセントで示し、次に自動思考というそうですが、自分が自然に感じることや思うことを書き、それに対して違う角度からの考えを導いて、それによっての心の変化を書く。 私がストレスと感じていること一つ一つ書き出していきました。それを表にして先生から評価していただくのですが、自分でも不思議に思ったのですが、ストレスと感じていたことでも、見方をちょっと変えるだけでずいぶんとストレスが和らいでいくのが分かりました。 この取組みで、ストレス感が薄らいでいくのが自分でも分かりました。これは効果があるなと、ちょっと手ごたえを感じた瞬間でした。

劣等感は自分を傷つける

私は高卒で役場に就職しました。大学に行けなかったことが劣等感として心に残っていました。カウンセリングの6回目のときです。先生に「私は高卒で役場に入りました。大学に行けなかったことが強い劣等感になっているんです。」と言ったときです。先生は直ぐにピンときたようで、「コンプレックス、劣等感は自分を傷つけるんですよ。」と言われました。 “え! 劣等感は自分を傷つける? 知らなかった。” たしか、中学生のときだったと思います。友だちから「劣等感が自分を成長させる原動力になるんだ。」と言われたのが、心にあって、今の今までそれを信じて今までやってきた。私は何十年間もの間自分で自分を傷つけてきたのか。なんということだ。そんなことも知らなかったのか、と笑われる方もいらっしゃるかと思いますが、私にとってはそれは衝撃的な先生からの言葉でした。 先生のこの指摘が、今回のカウンセリングでの私にとっての大きなポイントだったと思います。それからは、より一層自分の考え方の癖ということについて、真剣に考えるようになりました。

ネガティブな考え方

また、私は学生のころから、たとえば100点満点のテストで98点を取ったとしても、「98点とってうれしい。」とは思わずに「2点間違った。これではだめだ。」と思うタイプでした。そう思うことで、もっと頑張るようにするため、あえてそう思うようにしていたのです。 だから、仕事でも十分成果を挙げたといえるときでも、喜ばすに、まだまだ頑張らなければならないと自分に言い聞かせてきました。 このような私の考え方も、心の健康上よろしくないようでした。

自分の禁止令

あともう一つ、友だちと楽しく酒を飲んだりしているときも、「自分は酒を飲んで楽しんでいてもいいのか。」と思うときがよくありました。そのことを先生に話をしたら先生は、「自分の禁止令ですね。」と言われました。これも良くなかったらしい。

認知のゆがみ

ストレスに対する対応の訓練を行う中で、「認知のゆがみ」について教わりました。ストレスを感じるときに出る極端なものの考え方や受取り方を言うそうで、これがストレスの要因にもなっているようです。 先生から一覧表をいただいたのですが、私に該当するものがたくさんありました。 まずは「べき思考」「ネガティブなフィルター」「運命の先読み」「自己関連づけ」「読心術」その他にもまだまだありました。 いやいや、これだけあれば心に負担がかかるのも当然だなと、心から思いました。

カウンセリングの終了

10回目のカウンセリングのとき、先生から、私が最初にカウンセリングに来たときから比べると、変わった。それは自信を持ってもいい、と言われました。それは、私自身も感じていました。なんか自分でも可笑しくなるくらい、自分で自分を随分と傷つけていたんだな、ということがしみじみ分かりました。 そして、先生は今回で終了とするか、あと何回か続けるかは自分で決めていいと言われました。 え、あと終了でいいんですか。最初は、2年間通うと思っていただけに、驚いたと同時にうれしくもありました。 先生には、まだお聞きしたいこともあったので、次回もう1度来て終了にさせていただくことにしました。

私がなぜ「うつ」になったのか

私がなぜ「うつ」になったのか、カウンセリングを通して十分理解できたと思っております。私の考え方や行動の仕方、心の持ち方など、ストレスになることを自ら作っていた、そんな気がします。 「うつ」にはなるべくしてなった、そんな気がします。精神科での投薬治療や本を読んでも納得できず自分で受け入れられなかったことが、山田先生のカウンセリングで素直に理解することができたと思っております。

精「うつ」症状が起こらない

私は、「うつ」が発症してから5年間、毎日うつ症状に苦しんできました。うつ症状を、「ちょうど40度の熱が出たような状態」と表す人がいますが、私がそんな状態でした。 山田先生のカウンセリングを受けてから、8ケ月近くになりますが「うつ症状」は1度も起きておりません。7月には胃潰瘍で入院したのですが、そのときも心は元気でした。 そして、カウンセリングを始めたとき30個もあったストレスですが、その時書いたストレスを今見てみると該当するのが、ほとんど無くなっていました。

生き方が変わった

私はスポーツが好きで、特に野球、ジョギング、カヌーなどをやってきたのですが、いずれも仕事がらみのものでした。純粋に自分のため、自分が好きだからやるといったことがなかった気がします。 ところが、最近まず「ヨガ教室」に通うようになりました。自分がやりたいと思ったからです。今までにはなかったことです。同級生に声をかけて、しかも女性も含めて酒飲み会を企画し実施しました。これも私にとっては、画期的なことです。今までは酒飲みというと誘われて飲むことだけでした。さらに、ゴルフを始めました。2年前部下に「気晴らしにいいですよ。」と言われて、用具一式は買ったのですが、体調が悪くてできなかったのですが、11月に始めてゴルフデビューも果たしました。今では楽しくて毎週、練習場に通っています。

今、思うこと

今回のカウンセリングを通じて、私の生き方は変わったと思います。山田先生が山新の提言欄で「そういうときこそ、自分自身を振り返り、自身に何が起きているのかを受け止め、生き方や考え方の癖、パターンを見直す良い機会ではないだろうか?」とおっしゃった、その通りになった気がします。今回のことがなかったら、私は積極的に楽しむということをせずに終わっていたと思います。 うつ病は、再発しやすい病気だと言われます。そのことは心でしっかり受けとめておいて生活をおくっています。 山田先生のところに初めて行ったときの目標が、「朝はすっきり目が覚め、おいしく朝ごはんを食べ、かろやかに役場に出勤し、気持良く仕事をし、気兼ねなく家に帰り、家族と楽しく話をし、何の心配もなくぐっすり眠る。」でした。それが今実現しています。

山田先生には、とても感謝しております。新しい自分を発見することができました。先生本当にありがとうございました。