誌面連載記事

『ココロノオクスリ』VOL.10 元気になる心の話その2

くるサーチ。2007.4~

私たちはうまれたときからたくさんの経験を積み重ね、その記憶を使って物事を判断しています。たとえば第一印象や、予感なんていうのも、知らず知らず蓄積した経験という記憶の産物と言えます。さらには、自転車の乗り方や車の運転、仕事のスキルなんていうのももちろんそうです。
そしてその経験たちが、これは安全とか、これは危険とか、いろんなサインを出してくれているんですね。
私たちの脳は、いろいろな経験の中から物事の捉え方や、価値観なんていうものも構築しています。つまり、心の目は経験によって開かれていくとでも言うのでしょうか。そしてその目は外界を捉え、それを心が認知し、新たに外界へ働きかける。
私たちの心と身体と環境は常にかかわりあっているんです。

ちょっと思い出してみましょう。新たなスキルを身につけるとき、私たちは一生懸命に練習しますよね。そして、だんだん慣れてくるともうからだが自然に動くような感じになる。「身体が覚える。」なんて感じ。自転車や車の運転。箸の使い方。靴紐の結び方。もう数え上げればきりがないくらいです。
ちょうどそんな風に私たちは物事を認識するフレーム(枠)を構築して、そのフレーム(枠)を通して物事を認識しているんです。

少し振り返ってみてください。「おまわりさんは正義の人。」「おばあちゃんはやさしい。」「先生はまちがわない。」「男はおおかみ。」みたいなものの見方です。
子供のころから何度となく見、聞き、経験していく中でそのフレームが強化されてきた良い例です。思い込みなんていう言葉で表されたりもしますね。

これが時として私たちのものの見方や行動を邪魔することがあるんです。もちろん本人は気がつきません。だって、自動的に(まるで車を運転するように)そんな風に認識してしまうんですもの。今ここの現実にそぐわないものの見方をしているにもかかわらず、それに気がつけない。これはとてもつらいものです。だから、気がつくというのはとても大切なことだと思うんです。